上位の肯定的レビュー
5つ星のうち4.0面白いんですけどね、しんどいですね
2021年2月26日に日本でレビュー済み
ウシジマくんの作者の新作漫画です。電子版のオマケイラストで本作の主人公とウシジマくんのふたりが描かれております。ようやくスピリッツ漫画が電子版にもカバー裏などを収録するようになったようで、そこにある作者コメントを読むことも出来ます。
内容は弁護士が半グレみたいな人たちを専門に弁護する、というような話です。語彙が小学生並みでスイマセン。ウシジマくんでも描かれていた「無知な一般市民や社会的弱者を食い物にする裏社会の人間たち」という構造は本作でも引き継がれております。
この1巻には第1話の短編と、数話からなる中編のふたつが収録されております。第1話では主人公の九条がどうしようもない男のひき逃げの弁護を引き受けるという話で極めて胸糞がわるいです。で、その次の中編であるドラッグの運び屋を弁護する話を読むと、普通の弁護士ではどうにもならない倫理の通用しない世界が存在し、第1話のように何の罪のない被害者がわりをくうような事をやっている「悪徳弁護士」がある種の必要悪として存在しないと守れないものがある、というストーリーになってるので、単純な話として、単行本の構成も良く出来ており、漫画としても面白い、と思います。
では面白いから楽しめるのか、と言われるとこれについては色んな意見があるでしょうが、そういう弁護士が存在しないといけないような、この国のもっと大きなソーシャルな構造の方には、すくなくとも1巻の時点では、この作者は目を向けません。これはウシジマくんも同じでしたが、現実に存在する構造のなかでどうドラマを作っていくか、という考えに基づいており、それを変えるために何をすべきかという問題提起には至りません。読者と対話するというよりは現実を一方的に描いて投げつけてくるだけ、とでもいうべき作劇です。
そしてこの作者はその現実を可能な限り冷徹に捉えようとします。「外見からしていかにも性格のわるそうなヤンキーが親切にしてくれた」みたいな話は現実でも多数あると思いますが、この作者は「外見からしていかにも性格のわるそうなヤンキーは実際に極めて性格がわるい、完。」と描くのが多いです。要は性善説の逆なのですが、そういうドラマを読むのがしんどい、という問題があります。
ウシジマくんと本作の最大の違いは、漫画の内容ではなく、現実の日本のドン詰まり具合が増している、という事ではないかと思います。この漫画の中で描かれるものより現実のほうが胸糞案件が多いし、ウシジマくんが連載されていた頃よりも未来に夢も希望もなくなっていっとるわけです。個人的にもメンタルがだいぶまいっており向精神薬が手放せませんが、そんな中で「無知は罪ですね」なんて台詞が出てくる漫画を読むのは、しんどいです。
小難しい法律の細部に無知な人間が無知なままでも安定して暮らしていけるような福利厚生の行き届いた社会でなくてはならず、そのために居るはずの為政者が市井の民のために仕事をしないからこそ現実がこの惨状になってる中で、その悲惨な現実を舞台に、その現実を生み出している側への批判的視座を持たずに、その中で冷徹に振り切ったドラマを描き、登場人物が「無知は罪」と言う漫画を楽しむ余力は、かなり無くなっております。
ウシジマくんの宇津井がハッピーエンドっぽく終わってましたが実際は両親ともども自己破産、腰を痛めた状態で低賃金の介護職と夜勤バイトを掛け持ち、祖母は認知症がすすんでいるらしい、という全然ハッピーじゃない結末で、10年後の宇津井を想像するだけで嫌になってきますが、この作者がご都合主義なハッピーエンドを描くことはないだろうとは理解した上で、作者の作劇の視座がウシジマくんのときよりももっと上に向くことに期待したい、というかそうでないと読むのが精神的にしんどいかなーと思いました。