上位の批判的レビュー
5つ星のうち3.0脱「マニュアル人間」を目指す少年の成長を描いた作者としては大人しめの内容。終盤はやや勢い頼み。
2019年7月15日に日本でレビュー済み
メディアワークス文庫や電撃文庫、講談社タイガと各レーベルを渡り歩いてきた野崎まどだけど、今回集英社文庫に初登場。聞けば脚本を担当した劇場公開予定のアニメ映画のノベライズらしい。アニメはあまり見ないのだけどこれまで刊行された作品のレベルから考えてそう外したものでもなかろうと思い拝読してみる事に。
物語の主人公は京都に住む高校に進学したばかりの少年・堅書直美。高校に入って周りになんとか馴染もうとするものの二時間目になっても三時間目になってもお昼休みになっても近くの生徒に声を掛けるタイミングが掴めず「仕方なしに」文庫本を開く始末。放課後誘われたカラオケにも参加できないまま四条の大垣書店に赴いた直美は決断力を鍛えるという実用書を購入する羽目に。
「可能な限り冒険を避ける」「結果が分からない事には挑まない」そんなチャレンジ精神が見事に欠けたマニュアル人間である直美は翌日のホームルームで図書委員を「何となく断り辛く」引き受けるなど変わりたいけど変われないという日々を過ごす事に。
そんなある日京都市南図書館を出た帰り道、直美は足が三本ある奇妙なカラスに遭遇。鳴き声に驚いて取り落としてしまった本を咥えて飛び去ったカラスを追いかけて直美は伏見稲荷へ。千本鳥居でようやくカラスに追いついた直美だったがその目の前に突如どこからともなくフードを被った奇妙な男が現れ「堅書直美」と声を掛けてくる。気味の悪さから逃げ出す直美だったが逃げた先の二条駅で先回りしていた男は「俺が誰なのか、お前が何者なのか教えてやる」と京都府旧庁舎へと直美を連れて行くが、そこで直美は自分と自分を取り巻く世界の「真実」を告げられる……
んー……過去に発表した作品の作風から「野崎まどだし、どんな魔球が飛んでくるか」と期待していたら投げられたのは意外にもストレートだったという所だろうか?作者にしてはえらく「普通」だったと言うべきか。どこで読者の予想をひっくり返す様な展開をぶつけてくるかと待ち構えていたら最後までまっすぐ突き進んでいった作品だった。いや「まっすぐ」が悪い訳では無いのだけど「あれ、野崎まどってこんなのも書くのか」という意外さと言うかある種の肩透かし感が残ったのは否定できない。
物語の方は冴えない少年である直美が序盤で「自分と自分の住む世界の真実」を突如現れて自分の事を知っていると思しき謎の男から告げられるのだけど、ぶっちゃけここが本作における最大の「驚くべき展開」だったとだけ申し上げて置く。荘子の「胡蝶の夢」みたいな世界観にはなかなかに驚かされた。
ただ、その「胡蝶の夢」の様な世界で直美が謎の男から突き付けられるのは「同じ図書委員の女の子と仲良くなった上で、彼女を待ち受ける悲劇から守って見せろ」というもの。「先生」と呼ぶことになる男の指示に従って「これから起きる事」が全て書いてある最強マニュアルを武器に同じ図書委員の一行瑠璃に近付いていく直美の姿を追うボーイ・ミーツ・ガールっぽい展開が前半のメインストーリー。
リアルな京都の描写は「know」っぽいし女性に対する執着という点では「ファンタジスタドール・イヴ」らしかったとも言えるけど冴えない主人公の少年が「先生」の授けてくれる道具とアドバイスの力を借りる関係を考えるとどこか「ドラえもん」ぽくもある。本作はそんな「のび太君」みたいな主人公・直美が「結果の分からない事には挑まない」という自分にとって何より渇望した「これから起きる事が全て載っている最強マニュアル」を手にして、頼り、やがてそのマニュアルに依存した状態からの脱却を描いた成長の記録であると言って良いかと。
「先生」の口から明かされた世界の正体には驚かされたけど、直美と瑠璃の関係が少しずつ近付いていく様はかなりストレートなボーイ・ミーツ・ガールとなっており「ガチンコのSFは苦手」という方にも比較的読みやすいかと。最初は取っつき辛かった瑠璃に図書委員会主催の「古本市」の為の本集めや、やっとの思いで集めた本を襲った危機を乗り越えて親密になっていき、やがて瑠璃のヒーローになっていった直美が「先生」の意思に反して=既に決まっている運命や「安全なルート」を離れていく様はまさに「成長」。
後半は前半のボーイ・ミーツ・ガールから若干離れて「先生」が軸となった話がメインとなるのだけど、結局は「レールの上から離れられなかった自分」を捨てて結果の分からない事に挑戦する直美の姿が中心になっているという意味では前半の延長線上にある。
ただ、終盤の展開がなんというか……「ああ、確かにこれはアニメ映画のノベライズだな」と思わせる様な描写が中心だった事に「純粋な小説」との違いを感じざるを得なかった。瑠璃を失った直美が残された世界におきる異変であったり、クライマックスでの巨大なラスボス相手の立ち回りなど「アニメであれば絵的に映えるであろう場面」の連続で野崎まども頑張って書いているんだけど小説として読むと些か浮いているというか、こんなものなのかなあという違和感が拭えなかった。
作者にしては珍しくストレートなボーイ・ミーツ・ガールのストーリーであり「野崎まどならでは」を期待するとちょっと面食らうし、終盤の「アニメにすれば絵的に映える」という部分が続くあたりは「結局、ノベライズだからな」という限界を感じたりもするけど決して「外した」作品では無い事から一応は及第点という評価にさせて頂いた。