カスタマーレビュー

2017年12月29日に日本でレビュー済み
・2007年に出版された「興亡の世界史シリーズ」の一冊。文庫本として登場した。いろんな事が解明できた。

・過日、都内の美術館近くでたまたま道案内したオランダ人のおばさんに「江戸時代には、何で、西欧諸国の中ではオランダだけが日本と交易できたの?」と質問された。「・・確か、オランダは、スペインとかに比べて、領土を支配しようとかあからさまな強圧的な態度に出なかったので、受け入れられた」と答えた。この本で確かめると、まあ「60点」の回答かな?

・インドで綿製品を購入するためには銀、銅が必要で、オランダもその入手先に苦労していた。海外からの交易で購入した商品の代価を銀、銅で払ったのは、アジアでは日本だけだった・。(日本国内でも、国内流通のため銀が必要で、その後、次第に、銅の輸出に切り替えた・・。)そのため、小規模な割には、収益率が高く、貴重な交易ルートだったので、オランダ側は、徳川幕府のいう事を聞いて、おとなしくしていた。一方、ポルトガルの尖兵となったイエズス会は「海外への戦闘的布教」を打ち出した。教会も作り、そこはいずれはポルトガルの領土にしよう・・とスタンスが全く違う。鎖国政策の進展で、交易量も制限されたし、混血児は、バタビアあたりに「国外追放」されていく。その一人の女性に焦点をあてた本「おてんばコルネリアの闘い・・」も紹介されている。「おてんば」というのが、「手に負えない」を意味するオランダ語ontembaarに由来するとは知らなかった・・。

・ところで、銀は、南米ポトシ銀山の銀(そののちはメキシコの銀)の発見により、西欧は、大量に手当てできるめどがついた。「ポルトガル人やオランダ東インド会社は一時日本の銀を利用するが、これは1670年代頃までのことである。ヨーロッパの人々が南北アメリカを植民地化しなければ、またアメリカで銀山が発見されていなければ、彼らはアジアの物産を購入する資金を十分に用意することができなかったろう。その意味で、ヨーロッパの人々による「新大陸発見」は人類の歴史の展開に計り知れない重みを持っている。・・中略・・アメリカの銀とアジアの物産が「近代ヨーロッパ」の経済的基盤を生み出したのである。」(pp.366-367)

・このアジアと欧州の貿易の過程で、「東インド会社」が果たした役割は、大きい。イギリス、オランダの「東インド会社」に次いで、フランスも会社を設立して貿易に乗り出す。その三社の貿易額の一覧表が出ている。(p.297) フランスがやや出遅れたが、この理由が色々と説明してある。(pp.291-302)。

・ポルトガル人がインド洋に進出した理由の第一として胡椒や香辛料の確保があげられているが、「食肉の保存、あるいは保存の悪い食肉の味付用」という従来の説は間違っていて、むしろ「医療用」だったと説明されている(pp.257-258)。その他、まだまだエピソードとか盛りだくさん。一冊で、これだけ中身濃く、まとまっているのでありがたい。索引、年表、主要人物略伝、参考文献一覧までついていいる。
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