カスタマーレビュー

2018年4月20日に日本でレビュー済み
新版のアニメ『Die Neue These』の放映効果で売上はプラスされると思いますが漫画家独自の趣味で登場人物が別物ですので、
購入を検討されている新規読者の方は、あらかじめ内容を確認の上で品性や表現が自分に合うか判断してください。

コミカライズ版の作家・藤崎竜の代表作のリメイクアニメの『蒼穹 封神演義』があまりにも酷いとファンが激おこなのですが、
ぶっちゃけ、その藤崎竜が『銀河英雄伝説』という作品に行っていることが大差が無いですので、どっちもどっちですね。

同盟が力のある時点で既にラインハルトとヤンの二人の対決の話にアレンジしているためか、
帝国 vs 同盟 の国家同士の戦略戦術の争いというよりも、
ラインハルトに立ちはだかる最大の強敵としてのヤンというヒーローを持ち上げるためだけのエピソード感で再構成されていて、
今回の戦いでも帝国軍10万隻をヤンの噛ませにし、帝国軍にやられる同盟軍の多くが原作以上に頼りにならず兵站の問題以前の噛ませの噛ませという描写です。

やたらギャグっぽい演出と表情が目立ちすぎるためにアムリッツァ会戦のシリアスな緊迫感が薄いですし、
特に、今回2000万人の未帰還者(戦死者・捕虜・行方不明者)という大惨事を被った同盟側から見た悲壮感が欠けているのが駄目ですね。
おまけに原作にない赤毛と双璧がヤンを称える台詞が、なろう小説のチート無双主人公の持ち上げ方みたい。
情緒と言葉の力が薄っぺらくなっていて、チートキャラを賛辞するなろう小説みたくなっているのが難点なコミカライズ作品ではあります。

特に問題なのが、帝国軍が同盟軍の包囲殲滅に失敗してヤンを取り逃した原因が、
猪突を早まり損耗したビッテンフェルト艦隊の兵力の薄さを徹底的に突かれた&戦場のトラブルから、
→ラインハルトの命令で配下提督たちの行動の選択肢が奪われた&保持する大兵力と位置的優位を鑑みないキルヒアイスの杜撰な航路設定と、
原作とは会戦終盤の展開を変えているために、後の口論のシーンで二人してビッテンフェルトに罪をおっかぶせた挙げ句に友情ごっこをしてる感があったり、
ビッテンフェルトも被弾の戦傷ではなくて戦闘中に興奮して自分で袖ビリビリに破いてボロボロにしたままの軍服を着替えること無く、
憔悴した表情でラインハルトの前に参上したので、勇敢に戦ってボロボロになった俺が可哀相にもラインハルト様に怒られてしまったよ~ と、
自作自演な自己憐憫っぽくなってしまったりとで、改変が新たなおかしな部分を作ったり格調とは無縁の作風だったりで、
原作やOVA等に慣れ親しんでいるとナニコレ感が強めですね。

さて、10巻ではアムリッツァ会戦終了後に帝国と同盟の変化があります。
他の漫画家やアニメとは違い“老廃物”のイメージで醜い姿でデザインされた皇帝の急死後に、
新たに即位した幼帝のキチガイ描写の強調、権力亡者の小物扱いされたリヒテンラーデ侯爵の卑しい面構え、
シュトライト准将やフェルナー大佐の存在を無かったことにしているために話が変わってしまい襲撃計画が実行されないために、
それを発端とした原作であった猟犬のように追いかけて逮捕・拘禁しようとしてくるローエングラム陣営の手からの貴族の逃亡劇も無く、
貴族陣営の首都星オーディンからの脱出は自慢の戦艦に乗り込んで自発的に堂々と宇宙へと飛び去っていく、
そしてそれを一切止めること無く傍観しているだけで元帥府から見上げるラインハルトというものに変更。
その際にローエングラム元帥府の上空を通過し、精密爆撃で主人公死亡の千載一遇の好機を何故か気づかずに素通りするという、
漫画家・藤崎竜の個人的な趣味が入りまくっているが帝国サイドはノリノリで尺を使って描きまくってるのですが、
同盟サイドの描写のやる気の無さ、そっけなく簡素過ぎるダイジェスト感が致命的ですね。
無意味な出兵で多くの人命を失った徒労感。同盟の国力の疲弊と社会不安。
ヤンとユリアンの養父と養子としての精神的な関係。ヤン艦隊の愉快な面々。
登場人物が削られ、シーンが削られ義務的な説明台詞とナレーションのみの垂れ流しであり、その他はほぼ全部カットされている。
メンタルな部分の扱いが本当に雑ですね。ただ単に帝国パートのオマケでしかありません。
久しぶりに同盟が出てきたと思えば、ダイジェストでアムリッツァ後の経緯を散々に雑な描写不足に扱った挙げ句に、
捕虜交換式典にて、原作に存在しない羞恥心の欠片もない妖怪ブス軍団をでっちあげて男に媚びた表情とポーズをとって、
『ルビーを溶かしたような赤毛』など原作で用いられた容姿を称賛する台詞を、
ゴリラみたいなムキムキ体型に設定されたキルヒアイスに対して浴びせるオリジナルシーンを挟み込むという。
こういう滑りまくったセンスを頻繁に露出するのはエンタメでも何でも無く幼稚な自己満足でしかないですね。

そもそもが表紙にヤン・ウェンリー以外の同盟側の登場人物が1度も出てないことから筆者がヤン以外の同盟の人物には興味がなく、
宇宙を舞台にした群像劇として魅力的に物語を描こうという意志が徹底的に筆者に無いのですね。
登場時は原作に性格が近く内向的に描かれていたユリアンですら、
10巻時点では考えなしの勢いだけで年齢よりも精神が幼い無思慮なガキ様として改変されていますし、
複雑な感情や人間関係の繊細な部分を全く描けない漫画家だと思います。

かといって原作小説では現段階で登場してないアッテンボローを、
漫画家の独自性をばんばん入れてアドリブで喋らせてしまうと、
用もないのに第13艦隊旗艦ヒューベリオンの艦橋に突っ立って、原作では吸わない葉巻を一瞬も口から離すこと無く、

『敵さん むっちゃ 怒ってるぁ~~っ!!』
『全速力で トンズラぶっこきましょうや!』
『うっひゃおう~~~~~!!』
『ヒィ~』

アムリッツァの戦場で賑やかしの頭の悪いチャラ男として何か喚きまくっていますが、
原作のアッテンボローの知的な部分が無くて完全に別人と化していてハッテンボローにでも改名するべきでしょうね。
対比として道原かつみ版でのアッテンボローのヤンとの掛け合いに見られる普段の軽妙さ、
原作外伝の描写を反映させて第10艦隊でアムリッツァに参戦し、自分たちを逃がすために殿を務めることを決めたウランフ司令官との会話。
そして、『自分が生き残っているのはウランフ提督の犠牲の上に成り立っている。』との会戦終了後にベレー帽を脱いで無言で偲び落ち込んでいる姿と見比べると、
このハッテンボローは掘り下げているどころか単なるお調子者のウスラバカで人間的魅力がゼロどころかマイナスですね。
ていうか自分がアッテンボローのファンですので、こんなくだらない描き方をして楽しんでいる漫画家の感性が信じられませんね。
他にもストーカーと化したフレデリカ。筋肉ゴリラ以外に個性がないシェーンコップ。バカ面を晒してるだけのポプラン。
キャラの魅力を引き出した上でコメディ要素を入れるのならともかく、
良い部分を見せずに茶化しているだけなので単にキャラを小馬鹿にしているだけですね。同盟側の登場人物に全体的にその傾向が強いです。

改変で作品が良くなれば素晴らしいことなのですが、キャラの外見が極端に醜くなったり外見が酷くなくても脳みそがスポンジにされていることが多いですね。
そもそもが、“自分が感じたままの銀河英雄伝説”を藤崎竜が称していて、
学習能力が無い漫画家が思いつきで描いているので筆者の想像力の範囲以上の知性や能力をキャラに与えられない分、
原作から読み取れるキャラの人間性や、そこから発展させた人格の広がりをこの漫画からは拾うことが不可能ですね。
ここまで、やる気に偏りがある。人間描写が稚拙でバランス感覚に問題がある漫画家はコミカライズを引き受けるべきでは無かったし、
有名原作に便乗しただけのパロディみたいな漫画を描かずに、前作の『かくりよものがたり』みたいにオリジナル作品で勝負してたほうがまだ良かったですね。

新しい古いの懐古趣味で新作を批判するのであれば、『Die Neue These』も当然に批判対象になるところですが、
藤崎竜のこの漫画と比較すれば、あっちのアニメのほうがシェーンコップの人格的複雑さを扱っていたりでマシに見えますね。アニメの方も指摘されるべき部分はありますが。
こっちの問題点は同盟の扱いに対してのテキトー感漂う構成の歪さと全体的なキャラ表現のセンスの欠如ですから、
アニメでは、この漫画みたいに見た目を妖怪にしたりキャラの頭を悪くしたり独り善がりの内容にすることなくバランスよく進行していくことを望みます。
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