あれだ、スカイリムとかそこらへんの仮想世界RPGの実況動画を見てる感覚。
主人公の悲惨な過去がオープニングムービーで流れた後、同じ顔したNPCたちが丁寧に世界観やキーワードを一つずつ繰り返しくどいほど教えてくれる。
彼らの持っている情報、価値観、地理感、時間感覚は現代人のそれと同じで皆が等しく神の視点から語りかけてくる。
描写は地形、構造物、オブジェクト、キャラ移動ばかりに重点が置かれておりこれマイクラ動画のテキスト化だっけかな?と思うほど。
断じてこれは小説では、特に歴史小説ではない。
映画やゲームの設定資料と言われた方がまだしっくりくる。
文字の端々から小綺麗な現代人が仮装姿で芝居している光景が見えるのですわ。
歴史ものでこれは無い…あんまりだわ…
まだ半沢直樹とかの方がその時代の空気を醸し出してた…
あと情報でも内面描写でも、同じ内容をひたすら反復する文章水増し芸はマジやめて欲しい
子供向けなの?小学生向けなのかな?な?
編集は止めんかったんかしら
重複部分削ったら内容半分以下になるわコレ
頑張って沢山書いたで賞で★2
んで、これが直木賞候補?
ハハ!みなさんユーモアが上手だなぁ!!

塞王の楯
Audible版
– 完全版
今村 翔吾
(著),
Audible Studios
(出版社)
第166回直木賞受賞作〈どんな攻めをも、はね返す石垣。どんな守りをも、打ち破る鉄砲。「最強の楯」と「至高の矛」の対決を描く、圧倒的戦国小説!〉幼い頃、落城によって家族を喪った石工の匡介。彼は「絶対に破られない石垣」を造れば、世から戦を無くせると考えていた。一方、戦で父を喪った鉄砲職人の彦九郎は「どんな城も落とす砲」で皆に恐怖を植え付けることこそ、戦の抑止力になると信じた。秀吉が死に、戦乱の気配が近づく中、琵琶湖畔にある大津城の城主・京極高次は、匡介に石垣造りを頼む。攻め手の石田三成は、彦九郎に鉄砲作りを依頼した。大軍に囲まれ絶体絶命の大津城を舞台に、信念をかけた職人の対決が幕を開ける。ぶつかり合う、矛盾した想い。答えは戦火の果てに――。
©2022 Shogo Imamura (P)2022 Audible, Inc.
- 再生時間16 時間
- 配信日(Audible)2022/7/29
- 言語日本語
- ASINB09W5N6XJ5
- バージョン完全版
- フォマットオーディオブック
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配信開始 予定日 2022/7/29
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AudibleはAmazonの関連会社です。
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登録情報
再生時間 | 16 時間 |
---|---|
著者 | 今村 翔吾 |
配信日(Audible.co.jp) | 2022/7/29 |
制作 | Audible Studios |
フォマット | オーディオブック |
バージョン | 完全版 |
言語 | 日本語 |
ASIN | B09W5N6XJ5 |
Standard Japanese | |
Amazon 売れ筋ランキング | - 492位Audibleブック・オリジナル (の売れ筋ランキングを見るAudibleブック・オリジナル) - 7位文学・フィクション: 歴史 - 1,483位歴史・時代小説 (本) |
カスタマーレビュー
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2022年1月1日に日本でレビュー済み
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75人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2022年2月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
荒唐無稽、史実に誠しやかな嘘を綿密に埋め込んだ、壮大な虚構である。嘘の最たるものは、大津城の外堀に琵琶湖から水を引き込んだ件である。湖面より高い外堀に水を永続的に流すことは、文中の方法では絶対に不可能である。もし、できたとすれば、エネルギー保存の法則に反して、無からエネルギーを永続的に生み出せることになる。これは一例で、技術を扱う集団の戦いも、あり得ないことが多々、延々と述べられている。もっと、史実を調べて、それに基づいて書いて下さい。作者の思いでけでは、読者を満足させることはできません。一応、最後まで読みましたが、ガッカリしまた。山田風太郎賞ならいいですが、直木賞には全くふさわしくありません。技術音痴の選考委員のミステイクでしょう。工学部出身の東野圭吾さんを選考委員に加えるべきでした。ついでに、人を見下したような顔つきの写真も気に入りません。この程度の小説で直木賞を取ったからといって、偉そうにしないほうがいいですよ。
同時受賞の黒牢城も読みました。史実とミステリーを融合させた作品ですが、ミステリーのネタは技術的に可能なもので、納得できます。単なる歴史小説+ミステリーではなく、殺戮の戦国時代における慈悲の心と人間愛を描いたヒューマンドラマになっていて、感心しました。直木賞にふさわしい作品であると思います。
同時受賞の黒牢城も読みました。史実とミステリーを融合させた作品ですが、ミステリーのネタは技術的に可能なもので、納得できます。単なる歴史小説+ミステリーではなく、殺戮の戦国時代における慈悲の心と人間愛を描いたヒューマンドラマになっていて、感心しました。直木賞にふさわしい作品であると思います。
2021年11月6日に日本でレビュー済み
今村翔吾の新作のレビューである。550頁に及ぶ力作である。
本作品の主人公である匡介は、織田軍が朝倉家の拠点である一乗谷を攻撃した際に、両親と妹を失うが、石垣造りを得意とする穴太衆(あのうしゅう)の棟梁にして、その天才的な才能から「塞王」と呼ばれる飛田源斎に拾われる。やがて、匡介は、石積みに関する天賦の才能を発揮して、飛田源斎の後継者となる。そして、誰もが決して破れない城(石垣)を作ることを夢見る。そのような城ができれば、やがて人は戦うことの意味を見出せなくなり、世の中は平和になるだろう。
同じような思考をしているのが、鉄砲作りを生業とする国友衆の若き棟梁、国友彦九郎である。彦九郎は、どんな城でもあっという間に落とす究極の砲があれば、敵同士が互いに牽制しあい、やがて泰平の世の中が導かれるとする。ただし、その砲の破壊力を知らしめるために、一回は使用されなければならない、と考えている(この彦九郎の考え方は、核兵器の抑止力の議論や、日本に投下された原爆のことを想起させよう)。
絶対破られない城が「盾」だとしたら、どんな城をも破る砲は「矛」であり、両者は「矛盾」をきたす。そして、ついに関ヶ原の戦いの前哨戦ともいうべき、伏見城の攻防、そして本作品のクライマックスである大津城の攻防において、東軍に力を貸した穴太衆の石垣作りの技術と、西軍に力を貸した国友衆の鉄砲・大砲作りの技術は激突する。果たして、矛が勝つのか、盾が勝つのか。
物語のあらすじは、ざっくり書くと、このようなことになるだろうか。私は、この本を読み始めるまで、エンターテイメント系の歴史小説を想像していた。というのも、以前、民放で、「どんなに硬い金属でも孔を開けられる切削工具」と「どんな切削工具でも孔を開けられない金属」とを対決させるバラエティ番組があり、それを楽しみに見ていたのである。しかし、この本にはバラエティ的な要素は少ない。守る方も攻める方も、生死がかかっていて生真面目であり、面白みが感じられるのは、京極高次という人物の描き方ばかりである。
次に、先に書いたように、核兵器の抑止力というテーマを想起させたから、穴太衆による「武器のない平和な世界」という理想が敗退し、国友衆の「武器の存在を前提とした、パワーバランスによる平和な世界」が、結局は勝ってしまう、そのような現代世界を示唆するような作品なのかと想像して、最後まで読み進めた。しかし、作者は、穴太衆も、国友衆も、どちらも勝てなかった世界を描いている。それでも、私たちは、関ヶ原の戦いの後、徳川政権が、圧倒的な武力で天下統一を成し遂げ、長い泰平の世を作り出し、そして、その泰平の徳川時代が終焉を迎えるのは、欧米列強が圧倒的な軍事力で迫ってきたためだ、という事実を知っている。
それでは、この長い物語を読み終えて、「いったい、この物語の現代的意義とは何なのか」という問いと向き合いだすと、私は答えを見つけられなかった。つまり、読み終えて、釈然としていないのである。また、人間の描き方も真面目一辺倒の好人物が多く、「じんかん」(講談社、2020年)の松永久秀の描き方でも感じたことだが、登場人物に奥行きが感じられなかった。それから、穴太衆や国友衆が軍議にまでに参加して、大きな発言権を持っていることにも、そして戦場の前線で働く職人が全く死なないことにも、ややリアリティが感じられなかったのである(かつてのNHK大河ドラマの「江〜姫たちの戦国〜」のリアリティのなさを思い出した)。
今村翔吾には、石田三成を再評価した「八本目の槍」(新潮社、2019年)という、機知に溢れた優れた作品がある。どうしても、その作品と比較してしまい、この作品は「標準点」としての☆3つと評価した。これは、私の書いた32番目のレビューである。2021年11月6日読了。
本作品の主人公である匡介は、織田軍が朝倉家の拠点である一乗谷を攻撃した際に、両親と妹を失うが、石垣造りを得意とする穴太衆(あのうしゅう)の棟梁にして、その天才的な才能から「塞王」と呼ばれる飛田源斎に拾われる。やがて、匡介は、石積みに関する天賦の才能を発揮して、飛田源斎の後継者となる。そして、誰もが決して破れない城(石垣)を作ることを夢見る。そのような城ができれば、やがて人は戦うことの意味を見出せなくなり、世の中は平和になるだろう。
同じような思考をしているのが、鉄砲作りを生業とする国友衆の若き棟梁、国友彦九郎である。彦九郎は、どんな城でもあっという間に落とす究極の砲があれば、敵同士が互いに牽制しあい、やがて泰平の世の中が導かれるとする。ただし、その砲の破壊力を知らしめるために、一回は使用されなければならない、と考えている(この彦九郎の考え方は、核兵器の抑止力の議論や、日本に投下された原爆のことを想起させよう)。
絶対破られない城が「盾」だとしたら、どんな城をも破る砲は「矛」であり、両者は「矛盾」をきたす。そして、ついに関ヶ原の戦いの前哨戦ともいうべき、伏見城の攻防、そして本作品のクライマックスである大津城の攻防において、東軍に力を貸した穴太衆の石垣作りの技術と、西軍に力を貸した国友衆の鉄砲・大砲作りの技術は激突する。果たして、矛が勝つのか、盾が勝つのか。
物語のあらすじは、ざっくり書くと、このようなことになるだろうか。私は、この本を読み始めるまで、エンターテイメント系の歴史小説を想像していた。というのも、以前、民放で、「どんなに硬い金属でも孔を開けられる切削工具」と「どんな切削工具でも孔を開けられない金属」とを対決させるバラエティ番組があり、それを楽しみに見ていたのである。しかし、この本にはバラエティ的な要素は少ない。守る方も攻める方も、生死がかかっていて生真面目であり、面白みが感じられるのは、京極高次という人物の描き方ばかりである。
次に、先に書いたように、核兵器の抑止力というテーマを想起させたから、穴太衆による「武器のない平和な世界」という理想が敗退し、国友衆の「武器の存在を前提とした、パワーバランスによる平和な世界」が、結局は勝ってしまう、そのような現代世界を示唆するような作品なのかと想像して、最後まで読み進めた。しかし、作者は、穴太衆も、国友衆も、どちらも勝てなかった世界を描いている。それでも、私たちは、関ヶ原の戦いの後、徳川政権が、圧倒的な武力で天下統一を成し遂げ、長い泰平の世を作り出し、そして、その泰平の徳川時代が終焉を迎えるのは、欧米列強が圧倒的な軍事力で迫ってきたためだ、という事実を知っている。
それでは、この長い物語を読み終えて、「いったい、この物語の現代的意義とは何なのか」という問いと向き合いだすと、私は答えを見つけられなかった。つまり、読み終えて、釈然としていないのである。また、人間の描き方も真面目一辺倒の好人物が多く、「じんかん」(講談社、2020年)の松永久秀の描き方でも感じたことだが、登場人物に奥行きが感じられなかった。それから、穴太衆や国友衆が軍議にまでに参加して、大きな発言権を持っていることにも、そして戦場の前線で働く職人が全く死なないことにも、ややリアリティが感じられなかったのである(かつてのNHK大河ドラマの「江〜姫たちの戦国〜」のリアリティのなさを思い出した)。
今村翔吾には、石田三成を再評価した「八本目の槍」(新潮社、2019年)という、機知に溢れた優れた作品がある。どうしても、その作品と比較してしまい、この作品は「標準点」としての☆3つと評価した。これは、私の書いた32番目のレビューである。2021年11月6日読了。
2022年4月4日に日本でレビュー済み
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最強の武器と最強の防御というテーマから薄々感じていたが、寓話的というか歴史小説では無い。まあその分割りきればエンターテイメントとして読めるが、そこら辺は時代物に依存した甘さがある。娯楽小説における高い賞を受賞しているが、面白さだけならもっと別な作品でもよいと思う。賞の位置づけ同様に中途半端な作品という印象になった。
2021年12月19日に日本でレビュー済み
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新聞広告を見て久しぶりに読んでみたい本と出会い、早速読み始めるとどんどん物語に引き込まれていきます。