『評価経済社会』は1995年に出版された『僕たちの洗脳社会』を改訂したものである。
後者は岡田氏の公式サイトで公開されているので、『評価経済社会』を読もうと思っている人にはある程度参考になるだろう。
『僕たちの洗脳社会』をまとめると以下のようになる。
①コンピュータの登場により我々の社会は大きな変化のさなかにある
②技術の変化は個人の価値観、社会の価値観をも変化させる
③これからの変化を正しく予測するために、過去の技術変化と価値変化を見よう
④岡田氏の予測とは「情報革命は洗脳装置(メディアによる影響力)を権力者・マスメディアなど一部から大衆へと解放する」=洗脳社会の誕生
『評価経済社会』では『僕たちの〜』に登場する洗脳社会(現代社会)の次なる未来へと焦点を当てている。
評価経済社会とは「評価と影響を交換する社会」のことであるらしいが、これじゃ何のことかわからないので貨幣経済社会の定義と比べてみよう。
貨幣経済社会とはモノやサービスを貨幣と交換する社会のことである。
評価経済社会とは「同じように「評価」を仲介として「モノ」「サービス」、そして「カネ」すらも交換される社会」であるというのが岡田氏の定義である。
なぜ貨幣に変わり評価が交換の媒介となりうるのか?
それは上記④洗脳社会の誕生により社会の価値観が貨幣より評価を重視するパラダイムシフト起きるから。
かなり駆け足だが、この本では概ね上のようなことが書かれていた。
まず、読者としての注意。
岡田氏はガイナックス(アニメ制作会社)の元社長であり、作家であり、youtuberである。
であるから未来予測だとか難しいことを考えず、読み物として読むのが知的負荷の少なくかつ楽しい読み方であると考える。
そして、これは私が一番に理解してもらいたいことだが、論理検証はされていない。
したがって論理的瑕疵はたくさんある。
論理以外にも比喩においてはかなり奔放で、全く違うことをさも同じかのように書いてある。
それらをここでいちいち取り上げることはこの本を読む以上の努力が要求されるから、「おや」と思ったところを挙げておく。
まず「技術の進歩は社会常識を変える」の節から引用。
本来は技術や科学が変化すれば、それにつれて社会の価値観も変わるはずです。社会の価値観、という言葉は耳慣れないのですが、ここでは「何が良くて、何が悪いと人々が感じるか」というふうに考えてください。実例で説明します。(略)人々の価値観が変わると、社会のシステムも同時に大きく変わってしまいます。技術の進歩は人々の価値観を変え、社会システムをも変化させるのです。技術や科学が変化すれば、それにつれて社会の価値観も変わる、と言ったのはこういう意味です。(引用終わり)
これは説明になっていない。
ここで岡田氏は「社会の価値観が変わる説明をする」と言っておきながら実際は「社会システムが変わることの説明」をしている。
当然であるが、社会の価値観と社会のシステムはイコールではない。
人間の価値観とシステムが同じでないように。
念のため記しておくが、私は「技術の変化が社会のシステムを変化させる」の部分については同意する。
洗脳の前提条件について
岡田氏はメディア(言葉)の本質は「意図の強制」としている。
しかし、例として出してくるのはメディアの実例ではなく、親が子に伝えるコミュニケーションの場面である。
メディアとコミュニケーションは不可分であるが、同列に扱うことはできない。
また、コミュニケーションの本質を「意図の強制」として捉えることはヤコブソンの言語機能にある「働きかけ機能」だけを取り上げて、それ以外の機能(メタ言語機能など)を無視している。
その意味ではコミュニケーションの機能に関する理解不足である。
仮に理解不足ではなく、「働きかけ機能」以外を意図的に除いたのなら、その理由の説明責任はある。
他にもコミュニケーションは誤解の余地を含んでいることを忘れている。
「意図」をどう捉えるかはコミュニケーション当事者の関係性や受取手の理解にある程度委ねられている点を始めから考えていない。
この部分について丁寧に説明される必要がある。
次に「市民に解放された影響」からの引用。
「技術は、権力者の特権を市民に開放する」これが原則です。だから「ネットの力が、権力者の特権『影響』を市民に開放する」ということが言えるわけです。ここまで説明したことを、まとめてみましょう。「電子ネットの発達によって、歴史上初めてすべての人々が被洗脳者から『双方向の影響を受ける/与える人』になる。それによって評価経済社会が始まる。(引用終わり)
a.「電子ネットの発達によって、歴史上初めてすべての人々が被洗脳者から『双方向の影響を受ける/与える人』になる。」
これは誤り。
電子ネットが発達したが、一部の人々がネットを利用しない世界について思考されていない。
それに続く考えはさらに奔放である。
a.の後には何の説明もなく突然「それによって評価経済社会が始まる。」と挿入されている。
これも誤り。
「すべての人々が双方向に評価・影響し合う状態が発生すること」と「その評価・影響を貨幣と同じように(あるいは代わりに)交換の媒介とすること」は別の水準の話である。
仮に全人類が互いに評価・影響しあう状況に投じられたとしても、だから必然的に評価経済社会がはじまるわけではない。
「評価」の意味が曖昧
この本では「評価」が一義的に取り上げられていない。
私には岡田氏の言う「評価」とはイメージなのかブランドなのか、Twitterのフォロワー数やyoutubeのチャンネル登録者数なのか、あるいはそれら全ての総合なのか、はっきりしない。
引用されている「人間のやさしい情知」のような一文で論の核となる説明がないまま話は進む。
ちなみに「評価なんて説明しないでもわかるでしょ」と思う人は例えば貨幣がなんなのか説明して欲しい。「貨幣ってなんだっけ...?」と思った人はこれを書いている私と同じ気持ちである(ちなみに私は貨幣は幻想だと説明する)。
例示が不適当
「評価資本に恵まれたSONYとApple、その明暗」を見てみよう。
Appleを評価経済型企業、ソニーを貨幣経済社会型企業として対峙させている場面である。
ここで岡田氏は評価経済の枠組みを用いてこれらの成功と凋落を説明しているが、私に言わせれば経営戦略しかりマネジメントしかり、既存の経営学のほうが遥かに説得力を持ってこの2社の現状を説明してくれる。
Appleの成功の要因ならジョブズのカリスマ性よりアプリやUIに求める方ががずっと説得力がある。
そもそもAppleがハイセンスなイメージを追求したというのは事実だろうか?
「Windowsのカウンターパート」をやっていたら今の位置についた、というのが実体じゃなかろうか。
それにジョブズのカリスマ性はAppleが成功した後からついてきたものだと思う。
SONYに関しても「技術に優れた定評のある老舗」という評価資本があると言ったらどうだろうか。
ついでに言うならここ数年のSONYの株価は上昇しているが、この事態はどう説明するのだろう。
この例から考えるに、「評価経済」は経済学等諸分野の範囲内に収まるのではないか。
既存の発見や理論では説明ができない事象を例にしなければ、評価経済や評価資本といったアイデアに有用性はないと私は考える。
貨幣経済と同スキームである
評価経済は新しいスキームではなく、貨幣経済の貨幣を評価に置き換えただけのものである。
そもそもグーグル先生によれば、貨幣とは「取引の際に、商品の交換手段として使用され、人々の間で通用するようになったもの」、つまりは貨幣とは媒介のことであるから「お金」の代わりに「評価」を使いましたとなっても、それは貨幣経済なのである。
つまり岡田氏の主張はこう書くことができる。
お金以外に評価という手段が追加される。
これは日本円以外にPayPayや交通系ICで支払い出来るようになりました、と本質的に変わらない。
少なくとも私は「支払手段の追加」をパラダイムシフトと呼んだりしない。
上でメディアとコミュニケーションをすり替えたように、この人は資本主義経済(あるいは拝金主義)と貨幣経済を混同しているのだと思う。
仕方ないから話を進める。
評価が重要になる、というところまでは同意するとしよう。
しかし、さあ評価で何をするという段になると評価はより一層の評価を求める、という従来価値観の焼き回しなのである。
岡田氏の言う具体的なことは「キャラが大事」というくらいで、これは本書にも出てくる昭和企業おじさんの言う「これからの企業は、そういうこと(ブランドやイメージ)を一生懸命に考えないとダメだ」と同じモゴモゴとしたお説教である。
これらの指摘は一部であり、指摘だけでもう一冊本が書けそうなほどある。まじで。
まとめ
読めば読むほど混乱した。
本当にいろんなことが書いてあるが、書いてあることのほとんどは著者の印象かその延長に過ぎないので、真面目に読むだけ馬鹿を見る仕組みになっている。
しかし、無警戒に読んでいると頷いてしまう内容なので読後感が何かおかしい。
これがオカルトコーナーにある類の本だったら「お話」として括弧に入れて読むことができる。
Amazonでは経済学・社会学のなかに入っているので、これが経済学・社会学と言われると困ってしまう。
未来予測らしいので、その当否は、「現代科学の諸発見に矛盾しないこと、それ事態に論理的一貫性のあること、広範なさまざまな種類の現象を体系的に説明できること、説得力があること、わかりやすいことなどのほかには求め得ない」(岸田秀『ものぐさ精神分析』より)が、この本が満たす要件はせいぜい二つである。
物語としては読めるが、論理だった文章としてはまったく読めない。
Amazonレビューを眺めると高い評価を置いている人が多いが、私はそんなに不注意にも無警戒にもなれない。
別の可能性として、高い評価をしている人は例えば論理検証の問題集として、単にわくわくする読み物として読んでいるのだと思う(これが実際だと思う)。
次に出る本くらいは節立てとまでは言わないので、せめて章立てくらいは読者に寄り添ったものにしてほしい。
出しても読まないが。
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評価経済社会・電子版プラス Kindle版
Amazon Kindle にて先行配信!
電子書籍版特典として、経済週刊誌のインタビュー記事をノーカットで収録しました。
「アベノミクス」の次は「オカダノミクス」!?
僕たちの世界は、もうすでに「お金」の時代から「評価」の時代に移行し始めている?
ネット上で賛否両論、議論を巻き起こした「評価経済」の原点が今ココに。
Twitterのフォロワーが100万人いる人が1億円かせぐのは簡単だが、1億円持っていてもフォロワーを100万人にするのは難しい。
大変化の時代をやさしく強く生き抜くための社会と人生の解説書!
【目次】
まえがき
第1章 貨幣経済社会の終焉
第2章 パラダイムシフトの時代
第3章 評価経済社会とは何か?
第4章 幸福の新しいかたち
第5章 新世界への勇気
新版への付録 クラウド・アイデンティティー問題
電子版おまけ 「日本は“評価経済”の高度成長期に入った」
【改版履歴】
2013.07 1版 初版発行。
2014.02 3版 一部誤字を修正。
電子書籍版特典として、経済週刊誌のインタビュー記事をノーカットで収録しました。
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第2章 パラダイムシフトの時代
第3章 評価経済社会とは何か?
第4章 幸福の新しいかたち
第5章 新世界への勇気
新版への付録 クラウド・アイデンティティー問題
電子版おまけ 「日本は“評価経済”の高度成長期に入った」
【改版履歴】
2013.07 1版 初版発行。
2014.02 3版 一部誤字を修正。
- 言語日本語
- 発売日2013/7/11
- ファイルサイズ1614 KB
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
twitterのフォロワーが100万人いるひとなら1億円を稼ぐのは難しくない。逆に、1億円を持っていてもtwitterのフォロワーを100万人にするのは難しい。“評価”>“お金”時代をやさしく強く生き抜くためにはどうしたらいいのか。 --このテキストは、kindle_edition版に関連付けられています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
岡田/斗司夫
オタキングex社長。1958年大阪生まれ。1985年、アニメ・ゲーム制作会社ガイナックスを設立。代表取締役として「王立宇宙軍―オネアミスの翼」「ふしぎの海のナディア」など数々の名作を世に送る。1992年退社。「オタキング」の名で広く親しまれ、NHK「BSマンガ夜話」「BSアニメ夜話」のレギュラーとしても知られる。2010年に、「オタキングex」を立ち上げる。大阪芸術大学客員教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、kindle_edition版に関連付けられています。
オタキングex社長。1958年大阪生まれ。1985年、アニメ・ゲーム制作会社ガイナックスを設立。代表取締役として「王立宇宙軍―オネアミスの翼」「ふしぎの海のナディア」など数々の名作を世に送る。1992年退社。「オタキング」の名で広く親しまれ、NHK「BSマンガ夜話」「BSアニメ夜話」のレギュラーとしても知られる。2010年に、「オタキングex」を立ち上げる。大阪芸術大学客員教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、kindle_edition版に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B00DVN2VEQ
- 出版社 : 株式会社ロケット; 第3版 (2013/7/11)
- 発売日 : 2013/7/11
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 1614 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 230ページ
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1958年大阪生まれ。85年、アニメ・ゲーム制作会社ガイナックスを設立。代表取締役として「王立宇宙軍―オネアミスの翼」「ふしぎの海のナディア」な ど数々の名作を世に送る。92年退社。「オタキング」の名で広く親しまれ、「BSマンガ夜話」「BSアニメ夜話」のレギュラーとしても知られる。大阪芸術 大学客員教授(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『遺言』(ISBN-10:4480864059)が刊行された当時に掲載されていたものです)
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