これは素晴らしい傑作。なのでそれをきちんと説明しつつどう傑作かを伝えようと思う。
「夏はビューティフルドリーマーの法則」というのがある…わたしが勝手に言ってるだけだが。押井守の有名なうる星やつらアニメ映画。つまり、夏という季節を前面に押し出すエンタメはモラトリアムの世界で大人になるならないでグルグルする作品になる、という法則であり、これはかなりの確率で当てはまる。案の定、本作もそうである。
大人になりたくないと言っても、人間はグルグルしてるうちに年齢が上がって自動的に大人になってしまう。そこで、「永遠の夏」という舞台装置が用意される。時間の体感が遅い小学生時代の永遠に続くかのような夏休みを再現した空間。だから夏を押し出すエンタメはビューティフルドリーマーになるわけだが、要はつまり、非日常である。全盛期押井のような才能ある作家にやらすと「ループする文化祭の前日」とか「埋め立てられた東京湾につくっただだっ広い景色がひろがる職場」など気の利いた非日常空間を現実の中に拵える。ので、観てるほうもそんな非日常に永遠に埋没していたい…になる…のだが、いま現在の世情ではその小学生の夏休みすらきちんと与えられないのでは?という疑問が浮かび、そんなときに大人がグルグルしてていいの?と突っ込める。…つまり大人が閉じた世界でグルグルしてるうちにどんどん現実のほうがひどくなってしまうのでは…という話だし、脳内に拵えた永遠の夏に埋没したま身体的には大人になっても内面が大人を拒絶して子どもなつもりの人間は迷惑極まる存在になり、とあるゲーム業界エッセイ本にてゲーム業界にはそんな人が多いのか、「少年の心を忘れない大人というよりは、『酒を呑む小学生』と言ったほうが正確」な記述があったが、お爺ちゃんになってもメンタル中学生のまま悪意ないつもりでパワハラ、セクハラ、マンスプなどを平然とかましつつ大人として反省できない人が生まれてしまったりなど、グルグル世界は世の中にあまりいい影響を及ぼさないので、そういう問題意識を反映させた「ポストビューティフルドリーマー」とでも言うべきエンタメを送り出す作家も出てきており、本作がそうである。
この漫画の主人公であるヒロトはそんなモラトリアムに埋没する男性で年齢は29歳。何故29歳かというと男が若者を名乗れる最後の年齢なので。30歳はオッサン。29歳なら若者。なのでまだ大人じゃないからグルグルできるのだ。が、彼はグルグル悩んでおらず、そのモラトリアムに埋没して生きることを決断した人であるから、毎日永遠の夏で楽しそうに生きている。彼がいいとしこいてるのに子どものように見えるというのは当たり前の話なのだ。だってそういう存在なのだから。大人になっても精神的に大人になることをこばんだ人なんである。だから彼をとりまくそんな楽しさはまるで小学生が夏休みに無邪気に遊んでるようでもありなんの悩みもなさそうではたからみるととっても眩しく、夏の太陽のようにキラキラ輝いて見える。しかし、彼の非日常空間は上の押井のようなそれとちがってボロボロの平屋。風が吹けばとんでいって無くなりそうなあやうい代物である。
1巻ではヒロトと同様の人生を選んだお婆ちゃんが亡くなっているが遺影がピンぼけ写真。ライフステージをあげずに生きた老人には写真をとってくれる人が全然いなかったのでそれしか使える写真がなかったのであろう。つまりモラトリアムに埋没した永遠の夏の終着点はピンぼけ遺影の孤独死。ピンぼけなので死後にはほかのひとの記憶から消え去っていく可能性は高い。ので死後の世界で二度目の死を迎えるノットリメンバーミー。それが嫌できちんとした遺影を祭壇にかざられて親しい人たちにお葬式をやってもらってその後もお墓にお参りにきてほしいから、そこに埋没せずに大人になるのである。
しかし現在の日本は貧しくなっており大人になってもかならず幸せになれるわけではないのである。この2巻の冒頭の炎天下で屋根の修理の仕事するよもぎとまな板洗ってるヒロトの対比。よもぎからすればヒロトはとっても楽しそうで自分はなにやってんだろ…になるがヒロトの先にまってるのはピンぼけ孤独死の可能性大なので、中長期的視野でみればよもぎの人生のほうがなんぼかマシにはなるだろう。しかしあくまでも、なんぼか、でしかなく、「なるだろう」と書いたように果たしてそのなんぼかましな人生が手に入るかも不明なのである…。
モラトリアムグルグルものは決まって「おとなになる、ならない」がテーマになるが、もう大人になっても幸せになれないんである。この手のテーゼを恋愛と重ねる作品が多く、「現実に向き合って恋愛しろ」な結論に至りがちだが、結婚はもう人生の幸福なゴールではなくそこから共働きで稼がないといけない時代なのである。つまり、モラトリアムグルグルものは、オワコンなのであり、オワコン化するべきものなのである。ポストビューティフルドリーマーとはそんなオワコン問題に向き合った作品のことである。
現実に作られた非日常空間としての永遠の夏と書いたがそんなもんは実際にはない。正確には「永遠の夏ごっこ」をしているだけである。そんな子どもの遊びみたいな真似をいいとしこいた男たちがグルグルしながらするにはかれらを小学生のようにみつつ「男子ってホント馬鹿ねー」と許してくれる母親が必要である。ので、この手のグルグル世界には母親役の女性が存在するのが基本である…が、本作でそれにあたるお婆ちゃんは1巻ですでに亡くなっている。
押井アニメのグルグル世界の統治者たる母親役をみるとすごくわかりやすいので紹介するが「ビューティフルドリーマーのラム=国民的人気アニメヒロイン」→「パトレイバーの南雲=現実主義的な国家公務員のバリキャリ」→「イノセンスの少佐=電脳世界に消えた全身サイボーグ」→「スカイクロラの水素…だっけ名前忘れた=きょうびカミュの引用とかするこじらせ姉ちゃん」とこのように次第に母親役のグレードが下がっていくのである。グルグルしている男がしだいに若者からオッサン、そして爺さんへと下がってくのに併せて、そんな男の母親役をやってくれる女性も下がってしまうのは必然といえる。そして本作ではピンぼけ遺影のお婆ちゃんだがそのお婆ちゃんももう居ない。残されたのはボロボロの平屋だけ。
まだわかいなつみちゃんは漫画家という将来性がだいぶ不安定な夢を持っているのであるがその世界で成功するかはあやしく、しなかったばあい、かつて役者をこころざしていたヒロト同様にモラトリアム世界に直行するリスクは高く、漫画家としてプロになれなくても素人がSNSで発表してバズることもでき、それがきっかけとなり商業出版アニメ化…なあたしゃなんとかだよなケースもあるので夢を諦められずにそこに行ってしまう可能性は高い。彼女の友人も同様。いわばグルグル予備軍。
このように本作はグルグル世界の統治者たる母親がすでに存在しておらず、残されたボロボロの平屋という「風が吹いたらとんでしまいそうな崩壊寸前の永遠の夏」の周辺にグルグルせずに埋没すると決めたいまこのときはすごく楽しそうなオッサン寸前の若い男、埋没しないことにして幸せになれるかまったく不確かな現実を生きる女性、片脚つっこみかけてる若い女子という人物が配置され、グルグルする当事者、主役にあたる人物が不在の状態でいるという、とっても刹那的な構造の物語なのである。
上の世代がグルグルし続けてきちんと現実に向き合わなかったので、現在の30前後から下の世代がそんな未来になにも残さなかった上の世代が永遠の夏ごっこであそんだ残骸だけの世界にてなけなしの幸福にすがりつつ、いつ崩れ去るかもわからない日常を生きるという漫画なのであり、こういう御託めいた話を気にせずに本作が読めて「しまう」ということは本作は、もはやきらら漫画やよつばと!などのほのぼの日常すら絵空事になりつつある「令和の時代におけるたのしい日常系ほのぼの漫画」なのであり、コロナ禍の作品だと踏まえると、それすら絵空事になってしまうのではないか…という刹那的な多層構造を作り上げたからこそ、傑作なのである。おわかりいただけただろうか。
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ひらやすみ(2) (ビッグコミックス) Kindle版
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- 言語日本語
- 出版社小学館
- 発売日2021/12/10
- ファイルサイズ81235 KB
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カスタマーレビュー
5つ星のうち4.8
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290 件のグローバル評価
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2022年2月23日に日本でレビュー済み
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5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2021年12月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
何かの書評で見て気になり、一巻から購入。二巻目です。一巻から続く緩やかな時間の流れが心地良い漫画です。派手な漫画が書店を賑わせるなか、こういう作風の物が評価されるのは良いことです。しかしこの漫画を見ていて気になる点が一つ、作者の一言(?)が入り興をそぐ場面があることです。一巻では『ばあちゃん』がなくなるとき。二巻では『ばあちゃん』が骨折したとき、いずれも作者の一言(勘のいい読者・・・や第六話)などいい雰囲気の作品への没入が作者の一言で引き戻される場面です。ここは作画でみせた方が良いと思います。この点がなければレビューも星5をつけて終わりなんですが。それとこれは余談ですが、作者は名前から男性のようですね。画のタッチから女性だと思い込んでました。いずれにしてもこういった作風の漫画は貴重ですので今後も楽しみにしています。
2022年1月15日に日本でレビュー済み
とにかく昔から真造さんの絵が好きで、この作品でますます洗練されたように感じます
ファミレスの窓から見下ろす七夕まつりの商店街や、最後の釣り堀の見開きなど最高です
息を吸い込むとその世界の空気を感じられそうです
ただヒロトくんの容姿が…、
元俳優、イケメンの三十路という設定なのに、体が丸くて顔が大きくて、膝上の短パンで、小学生男子に見えてしまいます
女の子はいつもとてもかわいいので、ちょっとドキッとするイケメンも見てみたいです
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