作者の思想によってか執筆時期によってか原爆投下の動機が事実に反する等、問題がないわけでも無いが、今でも充分読むべき作品だろう。
原爆投下後の惨状の鬼気迫るすさまじい描写は、これだけで核兵器なんてろくなんもんじゃねえと確信させるだけの力がある。
冒頭で中岡家が反戦を唱え非国民扱いされ村八分にされるのを描いているところなどは現在のコロナ禍で感染者を村八分にして追い払う陰湿極まるムラ社会の構造を見れば当時に本作と同様の状況が多々あったのは想像に難くない。このような同調圧力を鑑みれば特攻が強制だったか否かなどおおよその検討が付きそうなもんだが、彼らは”公”の為に自分を捨てたのだと若者を無駄死にさせるだけの愚劣極まる戦略を賛美する小林よしのり「戦争論」以降の言説を見れば彼らの死は現在の思想が偏向した連中に利用されているだけなのだと悲しくなる。「現在の平和があるのは彼らの尊い犠牲があるからだ」などというエビデンス皆無の詭弁まで平然と飛び交うのだ。特攻なんぞやらなければ無駄死にさせられただけの若者が死なずに済み、その後の平和を生きられる人の数が増えただけだろ。犠牲になる必要なんて何もなかっただろう。彼らの持つ勇敢さやその精神性は生きて、未来のために向けるべきだったにきまってるだろうが。
本作では朝鮮人の朴が差別される描写が何度も出てくるが、これも現在、韓国に対する品性皆無の罵詈雑言がほっといても視界に入ってくる現実を見たら日本人が戦中から何も成長していないことが伺える。これも小林や山野車輪あたりが眠っていたものを起こしたって感じだが。
人骨を粉末にして飲むと放射能に効く、なんてのはイソ○ンうがいとかほざいてる現在からみても人間は進歩しねえんだな、と思うし、政二のエピソードなどは現在の介護や優生思想の問題にも通じるだろう。
戦中は中岡家を非国民呼ばわりしていた町内会長が戦後に反戦の士の如く振る舞う厚顔無恥な論旨替えも当たり前に見られる事である。反日メディアと呼ばれる朝日新聞も戦中はプロパガンダ機関だったし(尚、小林は戦時中の朝日新聞について、上からの命令ではなく、9割の記者は同調圧力的な自主判断でプロパガンダ記事を書いていたと述べている。いい加減にしろ)、以前は「南京虐殺は一切無かった、犠牲者はゼロ」と暴論を唱えていた小林よしのりは現在では「中国の主張する30万虐殺は無かった」という他の右派と同様の主張に留めており、以前の発言をこっそり変更しているフシが見られる。国内の南京虚構論もこの男が拡散したようなものだが説明責任は皆無。そして現在のコロナ禍でも様々な感染症の専門家でもなんでもない連中が「これぞ正解なり」と自説を開陳するが絶対に外れても責任なんざとりゃしないだろう。
日本の戦争を正当化したいあまり南京以外にも731は防疫のための組織だったとか歴史修正主義は後をたたない。どっちも完全にクロなのにね。加害行為に目を背けたがるのはエンタメにも見られ、最近全巻読破した、佐藤秀峰「特攻の島」でも日本の加害行為はろくに描かれずに被害ばかりが描写されるからこそ特攻に命を賭ける無意味さが正当化されて読めるのだろうし、「この世界の片隅に」でもアニメ版ではラストのすずの台詞を改悪して日本の加害に目を向けないようにしていた。監督がどんな理屈を述べたところで、作者であるこうの史代の心の叫びを薄めるだけでしかなく、同作が右派からも評価されたのはそれ(台詞の意味がわかりにくくなった)があってこそだろう。
終盤にて女は男たちがやったこの戦争の被害者だ、との主張に対し、女だって男たちを戦争に送り出したではないか、という批判を若い女子に発言させるなど問題提起は多岐にわたる。最後でゲンがアメリカへの怒りではなく天皇の戦争責任を追求するのは、良くも悪くも時代の変化に伴う考えの移り変わりを物語っていて興味深い。
物語はゲンというひとりの少年(作者の分身)が戦時下を生き抜く姿を通じて折れてもまた立ち上がる麦という冒頭の描写に重なるように未来への前向きな意志を描くが、そこには現在でも価値のある示唆が多く含まれているだろう。少なくとも戦争論以降、旺盛を極めるろくでもない大東亜戦争賛美に比べれば遥かに読む価値はある。”サヨク”というワードそれ自体が侮辱語として使われているような現状だが、安易に「反戦サヨク漫画」などと切り捨てていい作品ではない。”反戦平和”という願いを語るだけでお花畑扱いされる時代だからね。加害責任をなかったことにするような言説よりそっちのほうが大事に決まってるじゃんっていう。
この漫画を初めて読んだのは小学校の図書室だったな。今でも全国の小学校の図書室に置いてあるんだろうか。あってほしい。戦争に関連する作品で真っ先に触れるべき漫画だ。
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